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一杯で変わる店づくり 第五回

一杯で変わる店づくり 第五回

近年、日本酒業界であらためて注目を集めているのが「酵母」です。酵母は、酒の香りや味わいを大きく左右する微生物であり、同じ米と水を使っても酒の個性を激変させます。単なる飲み物としてだけでなく、背景にある歴史や物語も含めて日本酒を楽しみたいという人が増える中、「どの酵母を使っているか」といった関心が高まっています。  
日本酒の酵母を語るうえで欠かせない代表格が、日本醸造協会が全国の酒蔵へ頒布している「協会酵母」です。これは過去に優れた酒を造り出した名門蔵の醪(もろみ)などから分離・選抜されたエリート酵母たちであり、6号(新政)、7号(真澄)、9号(熊本/香露)など、それぞれ発祥蔵の代名詞として日本酒の発展を支えてきました。  
その一つが、宮城県塩竈市で300年以上の歴史を持つ「浦霞」醸造元・佐浦から生まれた「協会12号酵母」です。12号酵母は穏やかな香りと上品な味わいが特徴ですが、昭和後半から平成にかけて日本酒界を席巻した、華やかでフルーティーな吟醸酒ブームの到来により、徐々にその出番を減らしていきました。しかし時代は巡り、近年は料理に寄り添い、引き立てる食中酒への評価が世界的に高まっています。このトレンドの中で、12号酵母が持つ奥ゆかしくも気品ある味わいが、改めて見直され始めました。  
そこで佐浦は2019年から、発祥蔵として12号酵母を使った酒造りに本格的に取り組み始めました。 「協会酵母の発祥蔵であることは大変名誉なことですが、12号酵母は今、ほとんど使われていません。だからこそ私たちが使うことで、その存在をもう一度知っていただきたいと思いました」 そう話すのは、株式会社佐浦の代表取締役社長、佐浦弘一さんです。  
実は12号酵母は、浦霞が長年取り組んできた吟醸造りの現場から生まれた、蔵の歴史と技術を象徴する存在でもあります。 「吟醸造りの歴史の中で、浦霞が歩んできた足跡を、12号酵母を通じて発信していきたい」 取り組みの直後にコロナ禍が見舞う苦難もありましたが、現在は12号酵母を使ったスパークリング日本酒や木桶生もと造りなど、新たな挑戦を続けています。 「6号といえば新政、7号といえば真澄、9号といえば香露。そのように、12号といえば浦霞と思い浮かべていただけるようになればうれしいですね」  
老舗でありながら自らの原点を見つめ直し、新たな価値として発信していく。そんな佐浦社長は、飲食店への期待をこう語ります。 「日本酒は単に美味しい液体ではなく、その土地の風土や歴史、人々の営みが詰まっています。ぜひ料理とともに日本酒を楽しんでいただき、その背景にあるストーリーも伝えていただければ。飲食店の皆さんには、日本酒とお客様をつなぐ架け橋になっていただけたらうれしいですね」  
今、酵母が注目されているのは、単に酒質を決める存在だからではありません。その背景にある蔵の歴史や文化、酒造りへの思いに触れられるからです。協会12号酵母の復活は、日本酒の奥深い魅力を私たちに改めて教えてくれています。

日本酒スタイリスト 島田律子