競馬コラム北の国から vol.170

春競馬を締めくくる安田記念、宝塚記念は、ともに武豊騎手が騎乗したシックスペンス、メイショウタバルが優勝。最年長GⅠ勝利記録を2週連続で更新した。
安田記念のシックスペンスは、武豊騎手が当初騎乗予定だったアドマイヤズームが直前で回避となり、レース4日前の騎乗依頼だった。これまで一度も騎乗したことがなく、前走で騎乗した戸崎圭太騎手らに話を聞いて臨んだ本番。ワールドエンズが先手を主張すると、シックスペンスは競り掛けることなく離れた2番手を追走した。ワールドエンズの作ったペースは5ハロン57秒9。馬場状態を考えれば決して速過ぎるペースではなかったが、ワールドエンズとシックスペンスはともにキャロットファームがオーナーの同一馬主。武豊騎手が後続の「壁」になる形となり、2頭とも楽な手応えのまま最後の直線勝負に持ち込んだ。同じく好位を進んだレーベンスティールも同じキャロットファームの所有馬、しかもシックスペンスと同じ田中博康厩舎の所属馬ということもあり、自身も競りかけられるリスクが少ないとの判断もあったのかもしれない。そのような緻密な計算をしながらレース展開を組み立てていくことができる点も、武豊騎手の凄さなのだ。
ゴール前、武豊騎手は逃げ粘るワールドエンズの内側を一旦は狙ったが、前走の京王杯SCでワールドエンズは内ラチ沿いにコースを取りながら逃げ切ったことが頭にあったのだろう。再度、内ラチ沿いに進路を取ったら包まれてしまう心配もあるため、咄嗟の判断でコース取りを外に切り替えた。その絶妙の仕掛けのタイミングで、ゴールでは逃げ粘るワールドエンズ、追い込んできた1番人気ガイアフォースを首差退けて、シックスペンスにGⅠ初勝利を、田中博康師に芝GⅠ初制覇をもたらした。
シックスペンスの父キズナは、武豊騎手が騎乗して日本ダービーを制した馬だったし、その父も武豊騎手と名コンビを組んだディープインパクト。キズナは種牡馬として2024、25年と2年連続リーディングサイアーを獲得しており、26年もトップを快走しているが、後継種牡馬という面ではまだ今春から種牡馬入りしたジャスティンミラノ程度しかおらず、ディープインパクト父系の主流を将来的に支えていくには不安もあった。だがこの安田記念の勝利でシックスペンスの種牡馬入りが確実になり、武豊騎手が乗り継いだ父系3代が種牡馬として君臨していく可能性が広がった。
田中博康師は武豊騎手(57歳)よりひと回り以上年下の40歳。騎手時代は関東所属で通算成績はJRA129勝、GⅠ勝利はクイーンスプマンテでの2009年エリザベス女王杯制覇だけで武豊騎手とは縁が薄かったが、2011年に研修のためフランス長期遠征を敢行。かつてフランスで本格的に騎乗をしていた武豊騎手にアドバイスを求めたり、現地で一緒に食事をするなど親交を深めたことが、今回の急な騎乗依頼にも繋がった。武豊騎手はレース後、自身の公開日記で「特に嬉しかったのは、騎手時代から海外志向にあふれていた田中博康調教師からの騎乗依頼だったことです。フランスでワインを飲みながら『いつか一緒に勝てたらいいね』と願っていたGⅠ勝利が、最高の形で実ったのですから気分は格別です」と振り返っている。
そしてその日記の中で「さて、今週はメイショウタバルで連覇に挑む宝塚記念です。骨っぽい相手が揃いましたが、力を発揮できた時はすごい走りをしてくれる馬。それを引き出すのがボクの仕事です。よし、凱旋門賞へ行くぞ!と言えるような競馬を期待しています」と書いていた宝塚記念でも、その言葉通りに絶妙の騎乗を見せた。前年の宝塚記念は逃げ切りで2着ベラジオオペラに3馬身差を付ける圧勝だったが、今年はコスモキュランダが先手を主張したため2番手からの競馬となった。8枠16番枠だったためスタートを出していったことで第1コーナーまでのスタンド前ではやや掛かる面も見せたが、それをうまくなだめてしまうのが武豊騎手の真骨頂だ。レース直前にスコールのような大雨となり、馬場状態が良馬場から一瞬で重馬場に変わった。ペース判断は一層難しくなったはずだが、武豊騎手にはまったく迷いがなかった。レースラップは前半千メートルが60秒3、後半千メートルが59秒8。淀みのない流れとなり、断然1番人気のクロワデュノールも前での競馬となったものの、メイショウタバルは最後まで交わされることがなかった。まさに円熟の手綱さばきである。
レース後のインタビューがまた秀逸だった。インタビュアーに2週連続GⅠ制覇の感想を聞かれると「ようやくピークが来たみたいで、遅咲きでした」。もう場内は大爆笑である。こんなウィットに富んだ受け答えは武豊騎手でなければできないものだった。レース後に公開された日記でも「松本好雄会長が天国から降らしてくれているのかなと思ったのは本当の話で、ズブ濡れになってもまったく嫌な気持ちにならなかったのは、ボクだけだったのかもしれません」「この勝利で胸を張ってフランスに行けるはずです。凱旋門賞の頃に降るパリロンシャン競馬場の雨はもっとねちっこいものがありますが、メイショウタバルならそれさえも心配事にしない強みがあります」と記した。
昨年8月に亡くなったメイショウの松本会長の所有馬では多くのコンビを組み、メイショウサムソンの凱旋門賞遠征も武豊騎手が騎乗した。メイショウサムソンはデビューから石橋守騎手(現調教師)のお手馬だったが、4歳秋から凱旋門賞挑戦を想定して武豊騎手に手替わりした(4歳秋は馬インフルエンザで断念)。5歳秋の凱旋門賞は10着だった。当時、石橋騎手が「特に悔しいとも思わなかったし、ショックもなかった。自分はフランスでの騎乗経験がなかったし、ボクがオーナーでも石橋守じゃなくて武豊に手綱を委ねるだろう」と話した逸話が残されている。そしてメイショウタバルを管理しているのは騎手を引退した石橋守師である。時を超え、形を変えて結ばれた深い絆が、この2週連続GⅠ制覇の背景には流れていた。
将来のサイアーラインを担うであろうシックスペンス、メイショウサムソンの忘れ物を取りに今秋は勇躍、凱旋門賞に挑むメイショウタバル。57歳を迎えてなお進化を続けるレジェンド・武豊騎手は、これからも競馬界に新たな伝説を刻み続けていくに違いない。