競馬コラム北の国から vol.164

前号では売上面でのインターネットの功罪について取り上げたが、インターネットの発達は競馬文化にも大きな影響を及ぼしている。手軽に競馬に参加できるようになったことで、若者に競馬が普及しつつあることは大きな功績である。以前の競馬場や場外発売所は、床には新聞や外れ馬券が散乱し、室内はタバコの煙で喫煙者でも目が痛くなるほど霞んでいたし、独特の臭さも充満していた。一部の来場者の風体も、この雰囲気に慣れていない人には近寄り難さを醸し出していた。そして何より大混雑していて、新宿や渋谷の場外馬券売り場は建物外に長蛇の列。場内は歩くのにも苦労するほどで、発売締め切り間際には後ろから「早くしろや!」と罵声が飛ぶ有様。「コンプライアンス」などという言葉は当時は存在せず、若者や女性ファンが少なかったのは当然のことだろう。
それがいまや、床にはほぼゴミなど落ちておらず、タバコは喫煙室のみ。来場者も少なく窓口で並ぶとしても数人、普及間もないUMACA券売機なら並ぶこともない。多く設置されている有料フロアは高級ラウンジのような佇まいで、画面に向かって声を上げる人も少ない。これが本当に場外馬券売り場なのかと思うほど、その景色は一変している。当然、若いカップルや女性だけのグループなども多く訪れるようになった。競馬場本場の内馬場には遊具施設などもあり、子ども連れのファミリー客も多くなってきた。グッズショップにも若者が多いし、場内におしゃれな飲食店も出来ている。「鉄火場」が「娯楽施設」に変貌した。もちろんそれにはインターネットの発展が大きく関わっており、「功績」と呼べる部分なのだろう。
だが昔の競馬場、場外馬券売り場にも、それなりの良さがあったものだ。競馬場帰りには最寄り駅まで続く通称「おけら街道」に多くの飲食店、といっても決しておしゃれな店ではなく、いわゆる「せんべろ」のような一杯飲み屋が立ち並び、馬券で負けた憂さを晴らす人であふれていたし、もちろん勝って大盤振る舞いをする人もいた。見知らぬ者同士が1つのテーブルを囲み競馬談義、というよりも酒を飲みながら愚痴をこぼし合うことが、競馬の一つの楽しみにもなっていた。浅草や新橋の場外馬券売り場の近くには昼間からおでんやもつ煮込みの一杯飲み屋が多数営業しており、店内では午前中から午後3時まではラジオ放送(以前はグリーンチャンネルがなかった)、午後3時からは小さなテレビで中継を流し、場外で馬券を買った客たちが一杯飲みながら、隣同士になった客、店主、おかみさんらと予想を楽しみながら、レース結果に一喜一憂していた。席をキープしながら馬券を買い足しに行く客や、中には午前10時から午後5時まで居座るような強者もいた。競馬と飲み屋は切っても切れない関係だった。
私が最初に競馬に興味を持ったきっかけは、家庭で購読していたスポーツ新聞の競馬面に連載されていた寺山修司氏のエッセイだった。巧みに擬人化されたサラブレッドたちの様子も興味深かったが、その物語の中に登場する「スシ屋の政」「トルコの桃ちゃん」「バーテンの万田」ら常連メンバーに加えて、酒場に集まった様々な人たちの競馬談義、人間模様が描かれていて、単なる競馬予想記事ではなく、子どもながらに楽しく読める秀逸なエッセイだった。寺山氏だけでなく、当時の競馬文化を支えていた文芸界には菊池寛氏、古山高麗雄氏、虫明亜呂無氏、石川喬司氏、いまも活躍を続けている井崎脩五郎/立川末広氏らが、競馬を取り囲む人間、主に飲み屋に集まった競馬ファンにスポットライトを当てた多くの名作を残している。昨年12月まで放送されて話題になったテレビドラマ「ザ・ロイヤルファミリー」は馬主、生産者、調教師、騎手などあくまでも競馬界内部を描いた作品ではあったが、基本は人間ドラマであったし、高級店ではあったものの頻繁に天ぷら屋の場面が登場した。
競馬場や場外発売所周辺のディープな酒場がなくなってしまうと、そこから生まれる人間ドラマも希薄になってしまうように思える。JRAは今後、ネット投票の拡大により売り上げが減少している場外発売所をさらに閉鎖していくことが予想されている。人件費等を考えれば仕方がないことなのかもしれないが、閉鎖されればいまでも残っている数少ない周辺の一杯飲み屋も姿を消すことになるだろう。「猥雑さ」も競馬が持つ大きな魅力の一つだと考えるのは、昭和世代の懐古主義なのだろうか。