競馬コラム北の国から vol.163

スマホ依存やインターネット依存が社会問題化している。競馬界においてその問題が表面化したのは、若手騎手らが調整ルームにスマホを持ち込んでしまい処分される案件が続いたことで、将来を嘱望されていた女性騎手は現役引退を決断した。八百長防止のため競馬開催日前日に入る調整ルーム(一部はホテル客室などが利用される場合もある)には、通信機器を持ち込むことが禁止されている。もちろん処分された騎手たちは不正行為を行おうとしたわけではないだろう。若い世代にとってスマホは衣服などと同様に自然に身に着けているものであり、「スマホ=通信機器」という認識が極めて薄かったことは容易に想像できる。調教師や厩務員はいつでも自由に通信できているのに、騎手だけは禁止というルールにも多少の違和感は感じるが、ルールはルールであり処分は仕方がないことだった。スマホ依存の一つの象徴のような出来事だった。
インターネットの普及は競馬界にとっては極めて大きな変革をもたらしてきた。地方自治体(または一部事務組合)が運営する地方競馬は、自治体の財政状況のひっ迫により、2000年以降廃止が相次いでいた。01年中津(大分)、02年三条(新潟)、益田(島根)、03年上山(山形)、足利(栃木)、04年高崎(群馬)、06年北見、岩見沢(ともに北海道)、宇都宮(栃木)、08年旭川(北海道)、11年荒尾(熊本)が廃止となった。北海道の場合は平地は門別に、ばんえいは帯広に集約される形で残ったものの、その他の地区は競馬廃止となった。何とか廃止は免れたものの北海道平地、ばんえい、岩手(盛岡・水沢)、石川、岐阜、愛知、兵庫(園田・姫路)、高知、佐賀も廃止を真剣に検討している時期があった。つまり2010年代前半まで、南関東の4場以外はすべて廃止になっていてもおかしくない危機的な状況だったのだ。地方競馬場の廃止はサラブレッド需要の低迷に直接的に影響を与えるため馬産地も深刻な不況に陥っており、廃業する牧場も数多くあった。
その廃止ドミノを救ったのがインターネット勝馬投票券だった。全国の地方競馬の売上は1991年に9862億円だったものが2011年には3314億円と3分の1にまで落ち込んでいたが、11年に全国地方競馬共同システムを導入し、12年からはJRAのPATでも地方競馬の馬券が購入できるようになると一気に売り上げが回復し、22年には1兆円を突破。その後も伸び続けている。いまや地方競馬全体の売上のうち90%以上がネット投票が占めている。
ネット投票の恩恵に与ったのはJRAも同様で、1997年に年間売上4兆円を突破したもののその後は減少し、2011年には2兆2935億円まで減少していた。だがネット投票の本格化により12年からV字回復の兆しを見せ始め、右肩上がりで24年には3兆3135億円まで回復している。売上のうち約82%をネット投票が占めている。地方競馬、JRAの売り上げ回復により馬産地にも元気が戻ってきた。著名種牡馬や良血繁殖牝馬の輸入も盛んになり、日本馬の実力も急激にレベルアップし、今年は米国ダート競馬の最高峰・ブリーダーズCクラシックをフォーエバーヤングが制した。いまの日本競馬の隆盛はインターネットの普及が大きな要因になっていることは間違いない。
だが一方で、JRAの開催場入場人員は1996年に1411万人を記録していたものが、その後はほぼ減少。コロナ禍の3年間を別にしても、24年は513万人にまで減っている。地方競馬場の入場人員も1991年に1466万人だったものが24年は270万人と5分の1以下になっている。売上は伸び続けているのでこのことに危機感を覚えている人は多くはないのかもしれないが、将来を考えると私は不安で仕方がない。ギャンブルというものは続けていけば99%の参加者が負ける仕組みになっている。そのためギャンブルをする人は入れ代わり立ち代わり参入・離脱を繰り返し、徐々に減少していく。だが競馬はギャンブルではあるものの、馬の美しさ、可愛らしさ、レースの迫力など、競馬場で生で観戦する魅力が大きいことから、長年に渡ってファンを続けている人が多数いるのだ。それがネット投票中心になっていくとゲーム感覚が増していき、競馬がネットゲームでの課金や違法ではあるもののネットカジノと同様の感覚になっていき、金銭的負担の増大でいずれはファンが離脱していくのではないかと心配している。だからこそ、競馬運営はあくまでも「本場中心」とし、いかに競馬場に観客を呼び込むかが重要であるはずだ。
馬産地を支える意味でも極めて重要なホッカイドウ競馬(北海道平地)は2010年から門別競馬場1場だけでの開催となった。周囲には多くの生産牧場、育成牧場がある馬産地にある競馬場で、観客の多くは生産・育成関係者となっている。だが札幌中心部からは車で1時間30分ほどかかるため、札幌のファンが頻繁に通うのは難しいし、公共交通機関として路線バス・高速バス・送迎バスもあるが本数も少ないため競馬ファンの利用は現実的ではない。本場入場人員は徐々に伸びてはいるものの、以前に札幌、旭川で開催していた頃と比べると大幅に減少している。いまはネット投票で売上も伸びているが、いずれはその伸びも止まることが予想される。その時に備えて、札幌開催の復活など「ライブ競馬」に回帰していくことを、いまから考えておく必要があるのではないだろうか。
次号では、ネット投票中心になったことによる人間関係の希薄さについて書きたいと思っている。