競馬コラム北の国から vol.162

10月5日パリ・ロンシャン競馬場で行われた今年の凱旋門賞(芝2400メートル)。日本から今年の日本ダービー馬クロワデュノール(牡3歳)をはじめ、ビザンチンドリーム(牡4歳)、アロヒアリイ(牡3歳)の3頭が出走した。クロワデュノールはG3プランスドランジュ賞(ロンシャン・芝2000メートル)、ビザンチンドリームはG2フォワ賞(ロンシャン・芝2400メートル)、アロヒアリイはG2ギヨームドルナノ賞(ドーヴィル・芝2000メートル)という凱旋門賞の前哨戦をいずれも制して本番に臨んでいた。それだけに「今年こそは」の思いは例年以上に強かったのだが、結果はご存知の通り。ビザンチンドリームが5着に健闘したものの、クロワデュノールは14着、アロヒアリイは16着と大敗してしまった。
特に期待の大きかったクロワデュノールの敗因については専門家が「大外17番枠が極めて不利だった」「外枠を考慮してスタートから出していったら引っ掛かってしまった」「直前の降雨で馬場が悪化してスタミナに優る欧州馬向きの馬場になった」などと考察していた。確かに1〜4着馬はいずれも1〜5番枠、1・2着馬は1・2番枠だったこともあり、これらの要因も影響した可能性はあるが、ビザンチンドリームは15番枠だった。馬場にしても、勝ちタイムの2分29秒17はロンシャンではそれほど遅いわけではなく、ビザンチンドリームの勝ったフォワ賞は2分28秒32だったし、クロワデュノールの勝ったプランスドランジュ賞は2000メートルで2分11秒69も要していた。日本ダービーでは13番枠から好位でしっかり折り合っていたように、元来は折り合いに問題のある馬ではないはずだ。斉藤崇史調教師はクロノジェネシスで凱旋門賞遠征を経験しているし、何よりも生産育成したノーザンファームのスタッフは海外遠征は熟知している。馬の仕上げに問題があるとも思えなかった。
それだけにネット上では「欧州の競馬、特に馬場が悪化しやすい凱旋門賞は、日本の競馬とは根本的に質が違うのだから、もう遠征しなくても良いのではないか」「米国のブリーダーズカップデーの方が好結果を残せるはずだし、世界的な評価も高いのではないか」という意見が年々多く見られるようになっている。確かに芝2400メートルの日本のレコードタイム(世界レコードでもある)は2018年ジャパンCでアーモンドアイがマークした2分20秒6。クロワデュノールの今年の日本ダービーは2分23秒7だったが、凱旋門賞では2020年(勝ち馬ソットサス)が2分39秒30、21年(勝ち馬トルカータータッソ)が2分37秒62、22年(勝ち馬アルピニスト)が2分35秒71と2分35秒以上を要するレースが続いた。ロンシャン競馬場の改修工事でシャンティで行われた16年(勝ち馬ファウンド)は2分23秒61という日本並みのタイムも出ているが、ロンシャンだとやはり時計は要している。最近は「トラックバイアス」(馬場状態やコースの特性によって、特定の脚質やコース取りに生じる有利不利の傾向)という言葉が一般的に使われるようになってきたが、まさにこの時期のロンシャンのトラックバイアスは日本馬向きではないのだろう。
だがそれでも、1999年エルコンドルパサー、2010年ナカヤマフェスタ、12・13年オルフェーヴルが2着になっており、まったく勝負にならないわけではない。06年ディープインパクトは禁止薬物検出で失格になったが、体調不良の中で3位入線を果たしている。ナカヤマフェスタの日本での成績は「超A級」とは言えなかったが、エルコンドルパサー、オルフェーヴル、ディープインパクトは日本が誇る歴史的名馬であり、このレベルの馬が挑戦すれば好勝負ができることも証明されている。
そして何よりも「凱旋門賞」というレースは日本の競馬関係者にとって特別なレースなのだ。1969年に初めてスピードシンボリが挑戦してから56年。延べ38頭の日本調教馬がこのレースに挑んできた。欧州競馬を範にとって成長してきた日本競馬にとって、欧州最高峰のレースである凱旋門賞を制することは悲願となっている。その点で関係者とファンの間には多少の温度差がある。それは「日本ダービー」に関しても同様で、ファンは「1つの3歳G1レース」という認識かもしれないが、現場の厩舎関係者、騎手、生産者らにとって日本ダービーは「死ぬまでに絶対に勝ちたい最高峰のレース」という特別な存在である。だからこそ関係者は日本ダービーを目指すのと同様の思いで、究極の目標として凱旋門賞制覇を目指しているのだ。
また競馬ファンは、海外レースの日本馬になると「強いのだから勝たなくてはいけない」という気持ちになりがちなところがある。圧倒的な1番人気馬が大敗することは日本の競馬でもよくあることなのに、それが海外競馬だと妙に落ち込んでしまう。大谷翔平選手でも全打席本塁打を放てるわけではないのに、三振ばかりしたり不振が続くと絶望的な気持ちになるのと似ている気がする。大谷選手だって自身の調子、相手投手の実力、攻め方で打てないことがあるのは当然だが、人間以上に体調管理が難しく、相手関係やコースの影響を受ける競馬の場合、なおさら結果は安定しなくなる。しかも凱旋門賞の場合、18頭ほどの出走馬がいて勝ち馬は1頭だけなのだ。よほど突出した能力がない限り「確実に勝てる」ことはほぼないと言える。
これまでの凱旋門賞の結果に一喜一憂することなく、日本馬には挑戦を続けてもらいたいし、ファンにはその果敢な挑戦を素直に応援してもらいたいと思っている。