競馬コラム北の国から vol.153

2024年のJRA賞が記者投票の結果に基づき1月7日の受賞馬選考委員会で決定。年度代表馬にはドウデュース、選考委員会で決定する特別賞にはフォーエバーヤングが選出された。記者投票(256票)の結果、年度代表馬部門はドウデュースが236票、フォーエバーヤングが19票、レモンポップが1票とドウデュースが得票率92・2%と圧倒的な支持を受けたが、満票にはならなかった。各部門賞の中で満票となったのは最優秀4歳以上牡馬部門のドウデュースのみで、最優秀2歳牝馬部門のアルマベローチェが255票(ミリアッドラヴ1票)、最優秀2歳牡馬部門のクロワデュノールが249票(アドマイヤズーム7票)が得票率97%を超えた。逆にもっとも接戦となったのは最優秀4歳以上牝馬部門のスタニングローズ(138票、53・9%)、それに続いたのは最優秀3歳牡馬部門のダノンデサイル(144票、56・3%)、最優秀ダートホース部門のレモンポップ(160票、62・5
%)だった。JRA賞規定では「投票者数の3分の1以上の票を得た記者投票順位の第1位の馬は当該部門の受賞馬に決定する」と定めており、いずれも記者投票の結果を受けて受賞が決まった。
このJRA賞の記者投票は毎年、ネット上で物議を醸すことが多い。競馬ファンの中には特定の馬に強い思い入れを持っている人が多く、自分が思っている結果と違う投票が1票でもあるとSNSに不満を書き込む人が一定数いる。今回の場合は「何故ドウデュースが満票選出にならなかったのだ」「最優秀ダート馬はフォーエバーヤング一択だったのではないか」などの声が上がっていた。JRA賞の記者投票結果は記者ごとにすべてJRAホームページで公開されており、これまでも首をひねりたくなるような投票があったことは事実だが、公表される記名投票なのだから投票者それぞれに独自の「基準」に基づいて投票しているはず。できればその理由まで公表してもらいたいが、さすがにそれではデータが膨大になってしまうので仕方がない。また「●●に投票すべき」という同調圧力は、現代の最も危惧される風潮でもある。機械的に選出するのであれば、賞金獲得額や各レース成績をポイント換算するなどして決めれば良いことで、敢えて手間のかかる記者投票を行っているのは様々な意見を吸い上げるためでもある。
例えばドウデュースに関しては、印象に残りやすい秋シーズンの天皇賞、ジャパンCの連勝内容があまりにも鮮やかで際立っていたため「年度代表馬に選出されるのは当然」と考えた人が多いが、24年1年間の成績はGⅠ・4戦2勝に過ぎず、23年のイクイノックス(GⅠ・4戦4勝)のような絶対的な存在だったわけではない。春シーズンはドバイターフ5着、宝塚記念6着と人気を裏切っている。それに対してフォーエバーヤングは6戦4勝。ジャパンダートクラシック(Jpn1)、東京大賞典(GⅠ)を制し、サウジダービー(GⅢ)、UAEダービー(GⅡ)と中東のダービーを制覇。米国ではこれまで日本馬では好勝負は困難だと思われていたケンタッキーダービーで僅差の3着、米国古馬最高峰であるブリーダーズカップクラシックでも3着と歴史的なレースを見せた。果敢に米国ダートの最高峰に挑戦して結果を残した功績は、日本競馬にとって極めて大きなものだった。もっとも、年度代表馬は各部門賞受賞馬から選出されることが規定されており、記者投票は部門賞と同時に年度代表馬投票を行うために仕方がないことだが、最優秀ダート馬部門、最優秀3歳牡馬部門でともに2位だったフォーエバーヤングは、結果的に年度代表馬に選出される資格そのものがなかったことにもなる。
フォーエバーヤングは24年の1年間、JRAでは1走もしていなかった。JRAで年間1走もせずに年度代表馬となった馬には1999年エルコンドルパサーの例があるが、同馬の記者投票順位はスペシャルウィークに次ぐ2位だった。当時の規定で、得票が過半数に達しない場合は選考委員会で決定されることになっていたため、選考委員会が最優秀4歳以上牡馬、年度代表馬でいずれも得票2位だったエルコンドルパサーを選出したが、得票2位馬の受賞は前例のない異例な措置で、ファンの間では大問題に発展したものだった。JRA賞の規定では海外、地方でのレース成績も評価の対象とされているが、「JRA賞なのにJRAで走っていない馬を選出するのはどうなのか」という思いが記者にもファンにもあったのだろう。フォーエバーヤングが最優秀ダート馬部門、最優秀3歳牡馬部門で選出されなかったのは、その理由が大きかったように思える。
個人的には、将来的な種牡馬選定の意味も大きい3歳牡馬クラシックの成績を最重要視している。24年の場合はさすがに年度代表馬に推せる馬はいなかったが、20年の年度代表馬はアーモンドアイよりも無敗の3冠馬コントレイルの方がふさわしかったのではないかと、いまでも思っている。だがそれも個人個人の考え方であり、他の人に意見を押し付けるものではない。野球の殿堂でイチローさんが満票にならなかったことへの批判も同様だが、投票結果は多様性の表れであることを受け入れる寛容さも必要ではないだろうか。