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酒と思索の迷宮『いつもの宵の、酔い語り』第56夜

酒と思索の迷宮『いつもの宵の、酔い語り』第56夜

英国のメシは不味いのか?

 この正月は近頃流行の“お取り寄せ”ではない、カミさんがしつらえた“おせち”で一杯やって過ごした。  
元々“おせち”は日頃慌ただしい日常を過ごす主婦達が、正月くらい楽が出来るようにと作り置きした、日持ちの良い料理を食卓に並べたのが本来の意味だと聞いた記憶がある。  
だから、元々あれこれと手の掛かる凝った料理は見当違いというものだ。が、近頃は豪華絢爛、三の重まで揃った料亭の味というのが流行のようだ。それらは料理を皿に取り分けて形を崩すのが惜しいような見映えのものばかりである。日本特有の様式美まで料理の盛り付けに取り込んでいるのだ。つまりこれは一家の主婦たちへのご褒美でもあると私は思っている。見た目ではフレンチもまた一応の凝り方をしているが、美的デザインが目的で、四季折々の食材を使って季節感を盛り込み、かつ味にも細やかな気配りがされている(懐石のような)和食には遠く及ばない。  
ま、本懐石を日頃から食べ慣れている面々とは数ランク下の私のような町人は、味さえ良ければ……、というのが精々である。が、フツーの日本庶民の味も近頃では外国人観光客の多くもハマっているという。我がニッポンの味も世界的には相当レベルが高いのである。  
国によって味の美味い不味いは確かにあるのだが、それぞれの国民によって味覚の違いも大いにあるから一概には決めつけられない。  
しかし英連邦諸国の味のマズさは世界的に認定されている。名作「月と6ペンス」で高名なイギリスの作家、サマセット・モームも自らこれを認めていて、「もしイギリスで美味いものを食べたいのならば、一日3回朝メシを食べることになる!」と言っている。  
それほど英国メシは朝食以外は不味いのかと問われれば、私的経験に照らしてYes、と言うしかない。食材は良いのだが料理人の想像力と展開力と工夫が大幅に足りないのだ。  
ただし、一般的には不味いと評判の「フィッシュ&チップス」は、私は不味いとは思わない。タラを揚げた天婦羅もどきとフライドポテトを紙皿に盛っただけなんだけど、ビネガーをゴッソリかければ、新鮮な食材に頼り過ぎるきらいはあるのだが、悪いものではない。が、料理と呼ぶには多少の躊躇いはある。ま、「たこ焼き」のような存在とでも言っておきます。  
それでモーム先生も認めた英国式朝食は美味いのかという話になると、≪英国では≫という但し書きはつくが確かに美味い。質実剛健というか、日本人にはちょっとボリューム過多なんだけど、これをしっかり食べておけば、昼食は不要となる人も多いのでは…。私的には英国とドイツが朝食に手を抜かない国の双璧である。  
英国飯が不味いのは同国人の男性の責任だという説もある。昔から「紳士たるもの食事にいちいち美味いだの不味いだの言っては紳士たり得ない!」というやせ我慢精神が幅を利かせていたため、世の主婦たちが料理に精進しなくなったという理屈だが、確かに一理ある。  
我がニッポンの焼き魚に海苔とお新香、みそ汁にご飯という簡潔な朝食とは対照的に、イギリスでは何処に行ってもヘビーボリュームである。卵1品、焼ソーセージ、カリカリのベーコン、焼トマト、ビーンズ、場所によってはハギス(羊の胃に他の内臓のミンチを詰めたもの)、キッパ―(魚)の燻製まで揃えて特大1プレートに山盛り。パンは日本のより2回り小さな食パン(ブラウンとホワイトがある)をカリカリに焼き、バターやハチミツと紅茶かコーヒーを選んでイングリッシュブレックファーストのフルセットとなる。  
しかし、この一見豪華な朝食も調理法はと言えばほぼフライパンで焼くだけ。簡潔と言えば簡潔なのだが、ここには味を付けて展開するという工程はない。やはり英国で美味いメシは、下手に手をかけてもらわないのが吉であります!