日本ワイン、そのルーツをたどる旅へ

今、日本のワインが世界から注目を集めています。
海外の国際的なワインコンクールでも高い評価を受け、日本ならではの繊細な味わいや個性に、
世界のソムリエやワイン愛好家から熱い視線が注がれています。そもそも「日本ワイン」とは、国産ブドウのみを100%使用し、日本国内で醸造されたワインのことです。
近年では、各地の気候や土壌、
いわゆる「テロワール」を生かした個性豊かなワインが次々と生まれています。
日本ワインが生まれた背景
日本のワイン造りは決して恵まれた環境から始まったわけではありません。高温多湿の気候、長い梅雨、秋の台風。
欧州の主要なワイン産地とは大きく異なる環境の中で、ブドウを育て、質の高いワインを造ることは容易ではありませんでした。
それでも、日本の風土に合うブドウを探し、品種を生み出し、栽培方法を工夫し、醸造技術を磨き続けた人々がいました。
幾度もの失敗や困難に立ち向かいながら、次の世代へと情熱のタスキをつないできた開拓者たちです。
今回私たちは、その足跡をたどるため、四つの地を訪ねました。「岩の原葡萄園」「登美の丘ワイナリー」「シャトー・メルシャン」「マンズワイン」
それぞれの地で、日本のワイン造りの未来を信じ、道なき道を切り拓いてきた人々がいます。
なぜ、彼らはこの土地でワインを造ろうとしたのでしょうか。何を残し、その思いは現在のワイン造りにどのように受け継がれているのでしょうか。
100年を超えて受け継がれてきた、日本ワインのDNA。その物語をたどる旅が、ここから始まります。


日本ワインの父 川上善兵衛
岩の原葡萄園の創業者・川上善兵衛は、地元の農家を救う産業として本格的なワイン造りを志し、1890年に「岩の原葡萄園」を開設。雪深く冷涼な新潟の地で、欧州の品種が育ちにくい中、日本の風土に合うブドウの栽培に挑戦し続けました。 10,311回もの交配を重ね、ついに生み出したのが日本の風土に適した日本を代表する黒ブドウ品種「マスカット・ベーリーA」。そのたゆまぬ努力と探究心は、日本ワインの礎となり、今もなお多くの造り手たちに受け継がれています。

今も受け継がれる、岩の原の精神
現在の岩の原葡萄園では、川上善兵衛の精神を受け継ぎながら、この土地だからこそ生まれるワイン造りを続けています。広大な自社畑では、雪解け水や昼夜の寒暖差といった新潟の気候を生かし、ブドウの個性を丁寧に引き出す栽培が行われています。醸造所では、伝統を守りつつも新たな挑戦を重ね、より高品質なワインを目指す取り組みが続いています。 現地で感じたのは、創業から130年以上が経った今も、変わらずこの土地と真摯に向き合う姿勢。日本ワインの原点として、岩の原葡萄園は今も進化を続けています。

500種以上のぶどうを試し、日本の気候に合う品種の研究を続けたことで、マスカット・ベーリーAなど日本独自の品種につながった。


日本にワイン文化を根付かせた男 鳥井信治郎
日本人には、日本人の味覚に合う酒を。鳥井信治郎が目指したのは、ただ海外のワインを日本へ持ち込むことではなく、日本人がおいしいと感じ、日々の暮らしの中で楽しめるワインを造ることでした。まだワインが特別な存在だった時代に、ワインを日本の食卓に届けるという挑戦は、まさに「開拓」でした。その想いが現在のサントリーのワイン造りへと受け継がれています。
サントリーが目指す「入り口のおいしさ」
取材の中で印象的だったことは、サントリーが大切にしている「入り口のおいしさ」という考え方です。ワインに詳しい人だけでなく、初めて飲む人にも「おいしい」と感じてもらうこと。 ワインの知識や飲み方を前面に出すのではなく、“おいしさ”を入り口として、ワインのある豊かな時間を多くの人に届けたいという想いが、現在のワイン造りの根底にあります。 その姿勢は、鳥井信治郎が掲げた「日本の暮らしにワインを根付かせる」という理念と、まさに同じ方向を向いていると感じられました。

ワイン部ワイン経営戦略G スペシャリスト:松本典之氏▲
取材で訪れた登美の丘ワイナリーとは?
甲府盆地を見下ろす丘陵地に広がる、サントリー登美の丘ワイナリー。標高約600mの高台に位置する敷地は想像以上に広大で、緩やかな斜面一面にブドウ畑が続いています。品種や日当たりなど、それぞれの特徴を見極めながら栽培が行われていました。今回、実際に畑や醸造・熟成の現場を巡り、一本のワインが生まれるまでの工程を見学することで“受け継がれてきたもの”と“現在の造り手たちの工夫”、両方に触れることができました。

日本の赤に欠かせない存在、マスカット・ベーリーA
日本の気候や風土に適応するように生み出された品種。日本を代表する赤ワイン用品種の一つであり、日本ワインの発展を支えています。川上善兵衛が生み出した一粒のブドウを、多くの人に届け、食卓の楽しみを広げていく。その歩みこそが、鳥井信治郎が掲げた「日本の暮らしにワインを根付かせる」という“開拓”の精神と重なっています。

登美の丘の挑戦―“甲州”に対する想い
甲州の木々が並ぶ自社畑を歩きながら、甲州栽培に力を注ぐ理由を伺いました。すっきりとした飲み口と柑橘の香りを持つ日本固有品種を、次の世代へつなぐこと。そのために、樹勢が強く大きく育ちやすい甲州をどう制御し、品質を高めるかが鍵になるという。登美の丘では糖度の高いクローン種を選択し、小ぶりな房に育つ工夫を重ねてきました。かつて“水っぽい”と評された品種に凝縮感と厚みをもたらし、甲州で世界を目指す―その言葉には、畑と向き合う造り手の確かな情熱を感じました。

▲栽培技師長:大山弘平氏