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酒と思索の迷宮『いつもの宵の、酔い語り』第70夜

酒と思索の迷宮『いつもの宵の、酔い語り』第70夜

「酔い」のコストパフォーマンス

 酒場で「近頃はビールを飲まないのですね」と、親しげに口にする輩がいた。挨拶代わりにこう言ったこの客は、この酒場での顔見知りなのだが、私は「余計なお世話だ!」と言いたくなる。  
米の値上がり以来、元来物事を大雑把に捉えていた私が、モノの値段に妙に敏感になっている自覚はある。みみっちくなっているのだ。「この程度」酔っ払うまでに幾らかかるかというコスト計算までするようになっている自分が情けなくてしょうがない。だから、「近頃はビールを〜」という一言がグサリと刺さるのだ。つまり、酔うための前奏曲としてのビールのコストが、アルコールに浸食されつつある私の脳内のどこかに突き刺さって、散財に対しての警報を発しているのである。  
一言で「酔い」と言っても、単に血中のアルコール濃度(ppm)で決めてしまっては身も蓋もない。あるレベルまでの、酔いが回る過程が大切なのであって、心地良さが酔いの質を左右する。その場のロケーションや照明、低く流れる心地良い音楽、インテリア、刺々しさのない柔かい雰囲気、気の置けない友との会話…etc。むしろこういう雰囲気が酔いよりも優先されて、酔いは結果として後から付いてくるのだ。そう思いたいし、そう思ってきた。これまでは、である。  
ま、酒飲みの自己弁護ではあるが、私としてはこういう雰囲気で飲みたいという願望が日々あって酒場に出入りしているのだ。ただ酔うのが目的ではないのだ。  
そして、いつしか考えるようになってしまった「酔っ払う」ためのコスト計算を、この際、一度見つめ直して、今後の酔っ払うための経済的指針にしてみようという、吞兵衛としてはかなり前向きで建設的、かつ発作的な衝動に駆られて、私はここ暫く、酒場への出入りを控えているのである。  
仮に酔いのレベルを「ウイスキーのダブル5杯分」とする。ウイスキーのアルコール分は大衆仕様の40%。スコッチをバルク買いして日本でボトリングした大衆向けの製品。私の常備ブランドだ。本来は気分次第でアッパークラスの50%というやや高級ブランドに手を出したりもするのだが、ここはキッチリと尺度を整える。  
で、まずは酒場で指摘されたビールから始める。家ではジョッキの「生」は望めないから、スーパーで買ったプレミアムクラスの500㎖缶。結果はすぐ出た、これは圧倒的に分が悪い。コストばかりではなく、「飽き」まで含めると酔うための手段としては最悪なコストパフォーマンスが判明。気楽に「取り敢えず“生”!」と言っていた自分に反省せねばならない。雰囲気と勢いに押されぬよう心して、スターターに留めるべきである。  
宅飲みの私の酒庫にはウイスキー、焼酎、日本酒もワインもジンも並んでいるのではあるが、日本酒とワインは食中酒と決めているので今回は試さなかった。が、実際のところ、これらで泥酔するほど飲んだとすると、酔いが覚めた後、自分の身分とは到底釣り合わない大それた散財に身が竦むに違いない。イキオイは怖いのである。  
何はともあれ3日ばかり、結果を気にしながらあれこれ飲んだところ、下級町人の私にとっては、甲類焼酎が実に優良な手段として浮上した。普段はとある福岡産の35%の乙類焼酎が気に入っているのだが、これはコストが優良ではない。で、甲類焼酎の4ℓペットボトルが急浮上。何処のスーパーでも売っていて、どのブランドを選んでも味に大差はない。その上安い!  
こうなると雰囲気もヘチマもない。大きなグラスにたっぷりの氷。そこにがばがば注いでグビ〜ッとやる。炭酸で割っても好いし、お湯を注いで潰した梅干しを入れ、ぐるぐる掻き回す。ツマミもあれこれ選ぶ必要はなく、大抵何でも合う。そして何よりも自分の身分とジャストマッチだ。  
そう、ただ酔うためだけならこれで良いのだ。で、いつもの酒場はどうかというと、これはこれで「よそ行き気分」で行けば良いのだ。雰囲気は別のコストとなって跳ね返るのだが……。