営業日の午後4時30分までのご注文で当日出荷!

Important information will be sent to you.

お酒とマナーのマリアージュ 第15回

お酒とマナーのマリアージュ 第15回

皆さま、こんにちは。お酒とマナーのマリアージュへようこそ。  

最近、街のあちこちで「角打ち」や立ち飲みの酒屋が、静かな人気を集めています。酒屋の一角で、店のお酒をそのまま楽しむ―そんな素朴な文化は、もともと地域の日常の中で育まれてきたものでした。仕事帰りの人々が気軽に一杯を楽しむ、暮らしに寄り添った場所でもあったのです。  
こうした店には、地酒や個性豊かなお酒が並び、その土地ならではの味わいに出会える楽しみがあります。中には、店主が用意する手料理やちょっとしたおつまみが評判となり、それを目当てに足を運ぶ人も少なくありません。華やかに整えられた場ではなく、さりげない一杯と一皿を味わう―そんな時間が、かえって贅沢に感じられることもあります。  
「角打ち」という言葉の由来には諸説ありますが、升の角に口を当てて飲んだことや、酒屋の一角でそのまま飲む習慣から生まれたともいわれています。  
そしてもう一つ、「角」という言葉そのものにも、どこかきっちりしすぎない余白のような響きがあります。整えられた席ではなく、店の“角(すみ)”に身を置くような感覚。その少しのゆるやかさが、人を自然体にしてくれるのかもしれません。  

ところが今、その角打ちに、若い世代や訪日外国人の姿が増えています。ある駅から歩いて20分ほどの場所にある、三姉妹で切り盛りされている酒屋にも、口コミを頼りに海外からのお客様が足を運んでこられるといいます。  
店の壁には、お客様が残したメッセージや落書きが並び、どこか懐かしく、あたたかな空気が流れています。初めて訪れても、気を張らずにいられる―そんな安心感が、自然と人を引き寄せているのかもしれません。  

私も、接客についてご相談をいただき、実際にその場に立ってみました。
「英語でどこまで説明したらよいでしょうか」
「日本酒のことをきちんと説明できる人がいたほうがよいのでしょうか」 そんな問いを受けました。けれど―私は、多くの説明がなくても、この場は十分に楽しめると感じました。説明しすぎないこと、心配しすぎないこと、無理をしないこと。  
そんな接客をおすすめしました。  

店内を見渡すと、そこにはすでに、言葉を超えたやりとりがありました。グラスを手渡すしぐさ、目が合ったときのやわらかな表情、それぞれが思い思いの距離で過ごす空気。周囲の方々とのさりげないやりとりや、世代や言葉を越えた静かな交わりも、そこにはあります。同じ空間で同じ時間を過ごすことで、自然と一体感が生まれていく。  
完璧な説明がなくても、人はその場の流れに自然と溶け込み、楽しんでいます。言葉に頼りすぎないほうが、その場の空気を感じられるのかもしれません。  
角打ちの魅力は、整えすぎないことにあります。話しかけてもいいし、話さなくてもいい。長居しても、軽く一杯でもいい。誰かと来ても、一人でも心地よい。その自由さが、言葉や文化の違いを越えて、人を惹きつけているのでしょう。  
思えば、マナーとは本来、すべてを整えることではなく、相手が安心してその場にいられるよう、さりげなく支えること。角打ちの空間には、その本質が自然なかたちで息づいています。  
声をかけすぎない。でも、必要なときにはそっと寄り添う。説明しすぎない。でも、不安にはさせない。その絶妙なバランスこそが、これからの時代に求められるおもてなしなのかもしれません。  
お酒の楽しみ方が多様になった今、「どれだけ説明できるか」だけでなく、「どれだけ自然にいられるか」。角打ちの一杯は、そんな問いを静かに投げかけてくれます。  

整えすぎないやさしさが、人と人とを、ほどよくつないでいく。ことばがなくても伝わるものがある―そんな場に、これからのおもてなしのヒントがあるのかもしれません。

愛甲香織