競馬コラム北の国から vol.166

このリカーズ5月号が読者の手元に届くのは4月下旬だが、締め切りの関係でこの原稿を書いているのは2月半ば。かなりのタイムラグがあることをお許し願いたいが、2月は8日に衆院選の投開票があり明け方までその動向が注視されていたし、4〜23日はミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックが開催されていて決勝種目が行われるのは主に日本時間の深夜から明け方。そして15日にはサウジアラビアでサウジカップデーが行われ、日本での馬券発売があったサウジCは午前2時30分のスタートだった。選挙にもスポーツにも興味がある人は、さぞ寝不足な毎日を送っていたことだろう。
だがそのサウジCは、寝不足でも頑張って観た人を感動させたに違いない。日本が誇るダート世界最強馬フォーエバーヤングが、単勝1・2倍(日本発売分のオッズ)の圧倒的な人気に応えて2年連続で世界最高賞金レースに優勝。1000万ドル(約15億7000万円)を獲得した。これで総収得賞金は45億6千万円を超え、次走に予定されている3月28日のドバイワールドカップ(1着賞金696万ドル)に優勝すれば、歴代世界最高賞金獲得額1位のロマンチックウォリアー(香港、約49億円)を抜いて、世界の賞金王に輝くことになる。いやはや、すごい馬が日本で誕生したものである。
「単勝1・2倍の人気なのだから勝って当然」「去年のサウジCやブリーダーズクラシックに比べれば相手が楽だった」「ナイソスは強い馬だが距離が長かった」などと感じていた人もいたかもしれない。だが「圧倒的な1番人気だから」「相手が楽だから」といって勝てるとは限らないのが競馬である。国内のレースではそんな1番人気馬が敗退するシーンも何度も何度も見ているはずだが、国際競走になると途端に「一番強い馬が勝つのが当たり前」と考えがち。それは競馬だけのことではなくオリンピックなどでも同様で、圧倒的な金メダル候補があっさりと敗退し国民をがっかりさせてしまうことはよくある。だがレース、競技は様々な要因が作用するもの。特に海外となるとなおさら予期せぬことが起きる。特に中東での開催となると、サッカーでは「中東の笛」と呼ばれるような判定があるように、競馬でも地元馬たちがグループを組んで外国馬に対して包囲網を敷くケースだって考えられる。実際に、昨年のドバイワールドカップではフォーエバーヤングに対してレース直前にドーピング検査が実施され、その精神面での影響もあって3着に敗退したという出来事があった。実力最上位でも容易に勝てるものではない。その中でのフォーエバーヤングの堂々とした勝利は「当然」ではなく、まさしく「偉業」だった。
フォーエバーヤングのこの圧倒的な強さの要因はどこにあるのだろうか。まずは550キロを超すその雄大な馬体がある。馬体重を測定しない海外でのレースが主体となっているため現在の正確な馬体重は不明だが、昨年10月、船橋の日本テレビ杯では551キロだった。このサイズの馬は数少ない。当然、それだけパワーがあるため、砂の深い地方競馬ではこれまで5戦全勝。いずれも2着には1馬身以上の差をつけた楽勝だった。一方で、父リアルスティールはディープインパクト産駒で、500キロを超す馬だったものの現役時代はすべて芝のレースを走り、3歳3冠は②④②着。古馬になってGⅠドバイターフ、GⅡ毎日王冠を勝っている。毎日王冠は1分45秒6の勝ちタイムで、ディープインパクトらしい芝でのスピードと切れ味を武器にする馬だった。種牡馬としては昨年リーディングサイアー8位まで上昇しておりトップサイアーの仲間入りが間近だが、活躍産駒の多くは芝を主戦としており、昨年までのJRA重賞8勝のうち7勝は芝だった。母フォーエバーダーリングは米国でGⅡサンタイネスS(ダート1300メートル)勝ち馬。その父系はシアトルスルー〜エーピーインディという米国ダートの主流血統だが、母の母ダーリングマイダーリングはゼンノロブロイ(天皇賞秋、ジャパンC、有馬記念)の姉で、芝でも実績のある血統。ダート向きと芝向きが絶妙に配合された血統構成となっている。この血統を考えるとフォーエバーヤングは芝でも相当な能力の高さを発揮できそうだし、これまで芝馬の活躍が目立っていたサウジCを2連覇できたのも、芝適性にも優れていたからだと言えそうだ。米国やドバイ、サウジのダートを克服するにはスピードも必要で、フォーエバーヤングはパワーとスピードの両面で傑出していたからこそ、これだけの偉業を続けられているのだろう。その迫力ある馬体を見ると、フォーエバーヤングは米国3冠馬で母系4代父のシアトルスルーによく似ているし、近代の日本の名馬の中ではハイセイコーやクロフネと同じようなタイプに思える。
いくらフォーエバーヤングだからといって、すべてのカテゴリーで傑出しているわけではないだろう。巨体だけにコーナーの多い小回りコースは向いていないだろうし、テンから押していくようなスプリント戦にも適していないだろう。芝コースも超高速馬場は苦手にするように思える。フォーエバーヤングのドバイワールドカップ後のローテーションはまだ明らかにされていないが、凱旋門賞、有馬記念といった芝レースも視野に入れていると聞く。芝が深く道悪になることが多い凱旋門賞、年末で芝が荒れてきている有馬記念なら、もしかしたら芝でも快挙を成し遂げてしまうのかもしれない。贅沢な話だが、ここまで来たらそんな奇跡の目撃者にもなりたいものだ。