お酒とマナーのマリアージュ 第14回

皆さま、こんにちは。お酒とマナーのマリアージュへようこそ。
五月になると、お店の景色は少し変わります。
大型連休もあり、家族連れや観光のお客さまが増え、いつもより店内がにぎやかになる季節です。
乾杯のグラスが触れ合う音。弾む声や笑い声。
お店の中には、さまざまな音が重なります。
そんな中で、不意に響くことがあるのが、グラスや器が割れる音です。
がちゃん、と音がして、店内の空気が一瞬止まる。
周囲の視線も自然とその場に向きます。
その瞬間、お店の空気は少しだけ張りつめます。
けれど、記憶に残るのは、音そのものよりも、そのあとの対応ではないでしょうか。
「お怪我はありませんか?」
「びっくりしましたね。大丈夫ですよ。」
まずは、その一言。
慌てて大きな声を出すのではなく、落ち着いた声で静かに声をかける。
それだけで、張りつめた空気は少しずつほどけていきます。
割れたグラスを静かに片付ける。
周囲のお客さまへ、さりげなく目配りをする。
「驚かせてしまい、失礼いたしました」と控えめに添える一言。
ほんの数分の出来事でも、その場の空気は少しずつ整っていきます。
五月のにぎわいの中でも、お客さまの過ごし方はさまざまです。
にぎやかな会話が弾むテーブルもあれば、静かに食事を楽しんでいる席もあります。
同じ空間でも、それぞれの時間の流れ方は違っています。
だからこそ大切なのは、お客様に気まずい思いをさせないこと。
必要以上に注目を集めないように、心配りすること。
そして、何事もなかったかのように安心して過ごしていただくこと。
それもまた、プロフェッショナルとしてのサービススキルのひとつです。
客室乗務員として乗務していた頃、深夜のフライトで、特に「音」と「灯り」に気を配っていました。客室の灯りが落ち、多くのお客さまが休まれている時間帯。
機内は昼間とは全く違う、静かな空気に包まれます。
その静けさの中では、キッチンでの小さな音も意外なほど遠くまで届きます。
氷やグラスの触れ合う音。
食器が重なる小さな音。
カーテンを閉める音。
わずかな足音。
新人のころから、「夜の機内では、音と灯りは最小限に」と繰り返し教えられてきました。
動きを少しゆっくりにする。
グラスや食器を置くときも、音を立てないようにする。
声のトーンも自然に落ち着いたものになります。
それだけで客室の空気は、驚くほど穏やかに整います。
お店でも同じことが言えるように思います。
空気は、ほんの少しの所作でかわるものです。
音を完全になくすことはできなくても、そのあとの空気は整えられる。
がちゃん、のあとのひと呼吸。
そのひと呼吸が、にぎわいの中に安心を生みます。
人が集まる五月だからこそ、そのあとの静かな所作がお店の印象を決めていくのかもしれません。
そして、何事もなかったように会話が戻ったとき、
お店の空気は、静かに整っています。
【 五月のTIPS 】 立夏と八十八夜
「風薫る五月」という言葉があるように、新緑の香りが心地よい季節になりました。五月上旬は二十四節気の「立夏」。暦の上では夏の始まりです。
この時期には「八十八夜」という言葉もよく知られています。立春から数えて八十八日目にあたり、新茶の季節の目安とされています。この頃に摘まれたお茶は香りがよく、古くから「八十八夜の茶を飲むと長生きする」とも言われてきました。食後に一杯の緑茶をおすすめするのも、この季節ならではの楽しみ方です。
また、気温が少しずつ上がるこの頃は、軽やかな白ワインやすっきりとした日本酒を冷やして楽しむのも心地よく感じます。
「新茶が入りました」
「今日は、爽やかな一杯はいかがですか?」
そんな一言を添えるだけで、季節の話題が自然に広がります。五月の食卓には、こうした小さな季節の話題が、よく似合います。
