酒と思索の迷宮『いつもの宵の、酔い語り』第69夜

東西ドイツ統合前夜。東独、仰天の世相! 3
先号では東西ドイツ統合前夜の驚きの道路事情や観光施設をあれこれ語らせてもらったが、その旅での“食”と“泊”でも驚きの実情があったのだ。今宵はそれを語って、東独消滅前夜の表情全貌としたい。
旅の楽しみの一つにその地方地方の“食”がまず挙げられるのだが、私のこの10日間ばかりの旅での食体験。それは誰に話しても俄かには信じてもらえない、“そんな馬鹿な……。”というレベルの奇怪な話なのである。
食事は通常、レストランで。あるいはカフェでの軽食、街中のスナックスタンドでの立ち食いがその90%以上を占める。話はそのレストランでの体験だ。
最初に入ったレストランは東独での初日の昼食。ここは超満員で立って待つ客も多く諦め、その近くのヴルスト(ソーセージ)スタンドでブラート(焼き)ヴルストを食べて凌いだ。これは日本ではフランクフルトと呼ぶもので日本のよりも一回り太く長い。全長20㎝ちょっとの真ん中辺りを直径7〜8㎝のブレッチェンという丸くて硬いパンで挟んで、パンを持って食べる。これで手が汚れないという訳だが、そのパンの左右にはみ出したソーセージの長さのアンバランスさが、日本人の感性からは大幅にズレていてかなり奇妙なのだが味は特級品だ。
で、これを食べながら、先ほど諦めたレストランの混雑ぶりから察するに、よほどの人気店だろうとそう信じて疑わなかったのである。
そしてこの夜、難行苦行で取れたホテル近くのレストランに出かけると、この店もまた超満員。2時間後の予約をしてその時間に行ってみると、早くもラストオーダーの時間である。そしてメニューも「ハンバーグ」もどき料理の野菜添えしかないという。私はこれ以外を“売り切れ”か?と好意的解釈。これを西独では珍しい「フォン・ファス(生ビール)」ではない瓶ビールで流し込むように食べてこの夜のディナーとしたのだった。
結論から先に述べると、この夜のレストラン事情と寸分違わぬ光景が、この先10日余りも続いたのである。
つまり、こう言う事だ。全国どこに行っても、どこのレストランに行っても、メニューの料理名は違うのだが内容は全く同じ。“それ”以外のメニューは存在しなかったのである。ハンバーグもどきの焼いたのか、煮込んだのか。二品択一。これにデラックス版があって、ハンバーグの上に目玉焼きが乗せてある。更に極上を望めば人参とジャガイモのみの野菜添えだ。
メニューはドイツ語でシュパイゼカルテというが、見せてくれと頼むと、今は他に料理もないから言葉で説明するという。たった2品目だから十分である。おまけに生ビールが無い。西独のレストランではまず出ることのない瓶ビールだけ。物不足も極まっていたのである。加えて東独市民の旅行が自由化されたため、大勢が一斉に出かけた。
結果、私の常用する2ndクラスの安ホテルはどこも満室。空室があることが一目で分かる場合でも、これまで同様の当局のきついお咎めを恐れて、私のような正体不明の謎の外国人は泊めないのだ。
で、一考。超高級な普通の東独人ならば手が出そうもない古城ホテルやクアハウス(温泉宿泊施設)ならばどうかと案じて恐る恐る飛び込んでみると、すんなりとOKだったのである。確率100%。そしてその値段。古風で広々と豪壮なツインルームで超安の100〜140西独マルク(8,000〜11,000円)。食事以外は私の人生の最初で最後の大豪遊三昧を日々させてもらうこととなった。
しかし、超高級ホテルの食事も世間並みのハンバーグ2本立てオンリー。私はこの時以来30数年、ハンバーグだけは食べていない。挽肉に対する拒絶反応が沁み付いたままである。
自国通貨のレートが不安だらけの時節に、安定度世界No.1の西独マルクの現金は、実勢価格の4〜5倍の価値を持つ。その恩恵にあずかった形ではあるけれど、長年、町人暮らしオンリーの私が、金持ち気分も同時に味わえた10日間だったのである。